エロッタヤのパビリオン

避難所(防空壕)の入り口として設計された小さな建物がヘルシンキの中心部にあります。アカデミア書店の近く、エロッタヤのパビリオン(Erottajan pavilijonki)は一風変わったアアルト建築で、それはヘルシンキ中心部にある、彼の関わった大きなプロジェクトで実現しなかった設計の内の一つです。

エロッタヤのパビリオンの歴史は戦時中の変遷に関連があります。ヘルシンキ市は1941年、エロッタヤ区(Erottaja)の丘の下に避難所と環境整備に関する建築コンペティションを行いました。招待コンペティションの課題は避難所の入り口と、そこから繋がる施設、飲み物や新聞の販売店、電話ボックス等の設計でした。同時にエロッタヤ周辺の新しい交通システムの設計も含まれていました。アアルト設計事務所は「Hurra för den lilla skillnaden」と名付けた作品でコンペティションの勝利を収めました。エロッタヤのパビリオンはアアルトがヘルシンキで手掛けた初期建築の一つです。

戦況のため、アアルトのアイデアは実現せずに終わり、そこに建てられたのは一時的な木造の建物と階段でした。結局、現在のパビリオンが建てられたのは1951年になってからのことでした。アアルトはコンペティション当時の案に手を加えることを希望したため、実現したパビリオンは当初の案とはかけ離れてしまいました。彼の設計事務所が手掛けたのはパビリオンの地上部分とそこから地下に続く階段でした。パビリオンの地下部分を設計したのはヘルシンキ市の設計事務所でした。アアルトのアイディアの新しい交通システムも実現せずに終わりました。

エロッタヤのパビリオンはヘルシンキの街並では質素であまり目立たないのですが、小さな名作です。パビリオンのファサードには貴重な青銅と御影石を使用しています。外壁部分の手すり、窓枠、扉などの細部にまで青銅が使用されています。壁にはガラスを使用していますが、これはアアルトがパビリオン周辺の交通の安全性を考慮したからと考えられます。

この建物は何度も改修されています。例えばオリジナルのガラスの換気ダクトは真鍮に、植物用のネットが続く天窓は取り外され、階段のオリジナルの赤レンガは別のタイルで覆われてしまっています。残念ながら、改修は建築的価値を下げてしまいました。

アアルトがヘルシンキで手掛けた初期建築の一つであるエロッタヤのパビリオン。写真:Maija Holma(アルヴァ・アアルト財団)

見過ごしてしまいそうな場所にある、一風変わったアアルト建築の1つ。写真:Maija Holma(アルヴァ・アアルト財団)

Erottajan väestönsuojan sisäänkäynti 1950-1951 kuva Alvar Aalto säätiö
当初、パビリオンの入り口にはオリジナルのガラスの換気ダクトと植物用にネットの張られた天窓があった。写真:アルヴァ・アアルトミュージアム
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見過ごしてしまいそうな場所にある、一風変わったアアルト建築の1つ。写真:Maija Holma(アルヴァ・アアルト財団)
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現在は地下駐車場の入り口になっている。写真:Maija Holma(アルヴァ・アアルト財団)

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1. エロッタヤのパビリオン

案内

基本情報

エロッタヤのパビリオン(Erottajan pavilijonki)

エロッタヤのパビリオンはヘルシンキ市中心部、エロッタヤ通り(Erottajajankatu)にあります。現在は地下駐車場の入り口になっています。エロッタヤのパビリオンは外側から眺めてみましょう。

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